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碇だよ('ロ')

ニッポン生まれインターネット育ち

転職して1年経った

いまの会社に転職して、昨日でちょうど1年だった。

 

入社して3ヶ月が過ぎたころ、毎週金曜日にやっている振り返りKPTに「試用期間が終わった、クビにならなくてよかった」と書いていたくらいには、とにかくビビっていた。基本的に自分に自信がない人生を送ってきたのに、主に上司から期待してる感をビンビンに出されていたので、いつ「思ったより大したことないですね」って言われるかと思って気が気じゃなかった。笑

 

べつにわたしの上司はそんなことを言う人では全然ないし、仮にそういう働き方していたとしても、そんなこと言われるって相当ヒドイ場合に限るよね?という冷静なツッコミを、当時の自分はできなかった。いま出来てるのは、半分は周りに受け入れられて心理的安全が確保されたこと、半分は「他人の気持ち」がいかに自分の主観や偏見で歪められるかという構造に気づいて、その枠組からなるべく逃れるようにしてたら、状況と認知をうまく切り離せるようになったからだと思ってる。

 

同じ開発の現場なのに前職と現職でスピードや大事にしていることが全然違って、想像以上にそれまでやってきたことが転用出来ないもんだから、どうあるべきか?をひとつひとつ脳に汗かき考えて行動することになって、これまでの3倍くらい頭使って毎日過ごしてきた気がする。新卒からこの密度で7年過ごせてたら今ごろ何かでかいこと出来ていたのでは…?という気持ちにならないこともないけど、とにかく毎日なにかしら発見や進歩、成長、答えが出ない苦しさも含めて、毎日変化しかなくて、1日も無駄に過ごした記憶がない、最高の1年だった。

 

基本的にやったことないことしかやってないから、ただやればうまくいくってことなくて、すごく努力している。仕事のうえでもそうじゃないことでも…例えば「自分の都合で行きたい場所へ3人以上の同僚を誘って遊びにいく」というのが人生で初めて実現出来たのが去年の11月のことだったりする、そのくらい人が誘えない人間だったけど、1度うまくいけば、あっなんか意外に大したことじゃないんだって思えて、これやってみようよって雑に言えるようになったのでよかった。

 

この歳になってもまだ新しくできるようになることがあるって希望でしかない。2年目もやったことないことをたくさんしていきたい。

 

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気遣い上手というスキルのこと

WEBサービスの機能を考えるのも今の仕事のうちのひとつなんだけれど、いちばん面白くて難しいのが「どんなものを相手の目の前に置くと、目的の行動を取ってくれるのか」を考えることだと思ってる。猿の眼前に紐でバナナを釣って、踏み台と棒を置いて、さて。みたいなやつ。

 

PCやスマホの中に踏み台やら棒やら置くことが自分の仕事では多くて、それに加えて今の会社は自分よりも若い同僚がたくさんいるので、彼らがなにか壁に当たってるのを見つけたとき、何かを置きに行くこともある。自分が過去に当たって乗り越えたことがある壁なら、どんなものを置いてあげたらいいかなんとなくわかるし、あとはワンタッチで置くだけ簡単、うまく壁を越えられたのをみると本当に嬉しい気持ちになる。

 

一方でわたし自身が乗り越えられてない壁もまだまだたくさんある。30過ぎてなんともならなかったことって「治すぞ!!」という気持ちだけで根本的な解消をみることは多分なくて、迂回をするように、機械的な解決策で乗り越えていくのがよいと思ってるんだけど、そういう解決策を自ら発見するのは難しい。わたしの場合は夫や上司や察しのいい同僚がそういうの気づかせてくれるのでほんとにありがたいなと思う。

 

さっき置くだけ簡単とか言ったけど、わたしは婉曲なコミュニケーションの技能に欠けているので、基本的に直接「こうするとよい!」と言う以外のことがあんまりできない。脳筋です。前回だかの記事に「日光浴のやり方を教えるんじゃなく公園に連れて行け」と書いたけど、この話はこういう「望む結果を起こすために、何を相手にもたらすべきか」というのを、直接言う以外の形で提案するとしたら、を、自分で見出せた手応えのある、数少ない例のひとつだったりする。まだ試してないけど。

 

もういい歳なので、お前それマズイやろ、と注意してくれる人は今後どんどん少なくなっていく気がしている。歳下から歳上にダメ出しするのって難しいものだ。歳がいってる人によかれと思ってアドバイスしたら「百も承知なのにこんなこと言ってくるなんて失礼」とか「プライド傷つくわ」とか思われるリスクもあるし、今挙げた年齢の例以外でも、直接伝えるのが得策ではない、難しい局面はいろいろある。

 

でもそういうのをうまく交わして公園に誘っていくための上手なスキルというのがあって、それはとても高度な能力だと思う。UI/UXデザインと本質的には同じことをやっているんだけど、もう一捻り必要なんだよね。

 

わたしのメンターのひとりの、本の勧め方がとても上手だったのを見て、そんなことを考えた。

 

今まで自分がそういうの上手にできないことを結構コンプレックスに感じてて、その気持ちにドライブされて書きはじめたんだけど、書いてるうちに、まあこれもやり方を知って真似していくとか、UI/UXデザインと同じように構造を考察しながら研究していけば、出来るようになるのかも、今日からがんばろうって思えたのでよかったよかった。

 

今日のお昼は野菜たっぷりカレー🍛

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日光を浴びると元気が出ることに気づいた話

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信号待ちしてたら、イヤホンから水曜日のカンパネラ『ドラキュラ』 - YouTubeのイントロが流れてきて、ふと 気持ちよい風が吹いてるし、空が青いし雲もいい感じじゃん!最高!ということに気がついたので、写真を撮りました。

今日も渋谷区はお散歩日和で、気分がとてもよいです(ベイスターズが今巨人に0-8で負けているというただ一点を除いて!!!)。

 

 ここ2,3ヶ月、週末に天気がよい日が続いてるような感覚がある(悪い日もあるけどそういう日の思い出の印象が相対的に弱いってことだと思う)。人間はお日さまを浴びると元気になるので、平日の疲れがリセットされて調子のよい状態が続いてる。1ヶ月くらい前に群馬の山奥で大自然の中で3日間日の出とともに起き日の入りとともに休む生活をしたことで強烈な実感値を得たのと、週末日光を浴びれなかったり、何か忙しない予定が入ってたときに、平日も低調が続くことが顕著にわかるようになって、自然と週末は外に出る予定を作るようになった。

 

転職前にヘビーな状況が続いたとき、一度メンタルがやられてカウンセリングやら何やら受けたことがあって、「朝つらくても毎日ちゃんと起きてなるべく外に出ること」を継続するのが大事と聞いた。それは概日リズムを崩さないためでもあるんだけど、陽の光を浴びることがうつ病の治療にも有効って話をマンガとかでも見たので、その両面でのアドバイスじゃないかと思ってる。

 

心の病みというのは、機能上は脳がいい感じに働けてないということに等しくて、不調な脳で考えてることや判断はだいたい何か外してることが多い。当時の自分は、お日さまを浴びろと言われても、結局あんまり普段と生活は変えられず、意識して外出たりはできなかった。

 

今のわたしは、多少の好調不調の波はあるけど脳は普通に動いてると思われる、その頭で考えるに、日光浴の有効性に気付けたのは、体調が良くなるかどうかは一切考慮せず、体感で先に日光浴の利を得たことで、あとから遡及的に「お日さまを浴びると元気になるぞ」と因果関係を理解できたおかげではという感がある。

 

元気になりたいからお日さまを浴びよう、というのは、因果関係を知っているだけじゃダメで、因果関係を信じてかつ実行する強い気持ちがないとできない。先にも書いたように、元気のないひとはそんなことできないし、これは他のことにも言えるんじゃないかと思う、ライフハック的なものに限らず、例えばこうやってブログを書くことにしたって、インターネット上に文章を残したいから書こう、というのではダメで、書いてみると利点がわかって、書き続けることへのモチベーションが湧いてくるというか。

 

まあ、だから、もし周りに元気がなさそうな人をみつけたら、励ますことも必要なんだけど、元気だしなよと言うよりも、元気を出すための理屈を教えたりするよりも、公園とか野球場とかに誘い出すのがいちばんいいのかもね、と思った!

 

ということで、平日も元気に過ごしたいみんなたちは、わたしと一緒に横浜スタジアムに行きましょう!!

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美容院でちくちくブログを書いてる間に、ゲームセットしてた。今日は負けちゃった…ぐぬぬ

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風が気持ちいい

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横浜スタジアムで野球観戦をしています。

現在の酒量、ベイスターズラガー×1、ベイスターズエール×1.2。

 

野外施設で飲むビールというのは最高で、体の緊張をほぐし、過剰な集中力を散らしてくれる、すばらしいパートナーです。

 

酔いというものを、なにかお脳とか背中の辺りのあたりに澱のように溜まってくものだとしたら、野外でのビールはそれが空気中に発散していくかんじ。

健やかな気持ちになれてよいです。

 

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推しチームの攻撃中ってめちゃ熱が入ってしまうけど、守備になるとまったり眺められるなっていうのが今初めて実感できて、ほろ酔いのまま風に吹かれて試合の行方を眺める(観戦、じゃなくてね)ことの良さみを知った。

 

2点返されてるけど「あー入っちゃったネ〜」という感じ。さっきまで相手のエラーで得た2点で大騒ぎしてた自分とのコントラストがおもろい。

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テンポをあわせる話

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いま渋谷の駅前歩いてたんだけど、改札から出てめいめいの方向へ歩き出そうとしてる人と、待ち合わせしたけどいないなーどこかなって感じでふらついてる人と、百貨店に向かってく人とみんな無秩序かつのんびり歩いてるもんだから、結構ぶつかりそうになってオヨヨとなった。

 

これがスクランブル交差点だと、全員「前に行くぞ!!」という強い気持ちがあるので、ぶつからないんだけれど。意志がわからない人に合わせるのって難しい。

 

なので少し歩くペースを落として、だらだらっと歩いてみたら、なんかうまいこと周りの人を避けて歩ける感じになってよかった。

 

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野球が好きな同僚とベイスターズの試合を観てるときのこと、ロペス(わたしの推しメン)が捕球に行くとき、しゅしゅっ=͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔ =͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔ =͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔ =͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔ =͟͟͞͞ʕ•̫͡•ʔと駆け寄るのじゃなくて、弾みをつけてぽよんぽよんと走っていってるのを見て、わたしは単純なので「かわいい…」と思ってただけだったんだけど、「ロペス、一見ドタンドタン走ってるように見えるけど、あれはボールがバウンドしてくるから、手元に来た時取りこぼさないように上手くボールの軌道に乗るためなんです」って同僚が教えてくれて、へえー!と感心したのだった。

 

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今日はそんなロペスのレプリカユニフォームをおろして横浜スタジアムで1ヶ月ぶりの生観戦なのに、ロペスはちょっと前に親指を骨折しちゃってお休みしてしまってるので悲しい!!!

はやく帰ってきてほしい!!!

 

考えながら書かないと間に合わない

転職して、自分が考えたことから生まれた何かを作ることにお付き合いいただくお仕事をするようになったので、それまで考えるのみで霧消しててもよかった頭の中身を、他人に伝達可能な形にする必要に迫られるんだけど、とにかく時間がかかって困ってる。

 

考えてることをミニマルに表現することがそもそも難しいときもあるし、どう表現するかわかったら次は伝わりやすいフォーマットを選び(スライドショーなのか、ポエムなのか、論文なのか、絵なのか、あるいは)フォーマットにふさわしい形で記述をし(章立て、起承転結、日本語の正しい運用、描くべき絵を描く)こうなるともう作品を作ってる感覚になってしまうので、完璧主義が顔を出していつまでたっても完成しなくてつらい。

 

いつもなら、いま書いたようなことは箇条書にして番号でも振ってるところなんだけど、そういうことやってると公開できないからそのままにしてる。

 

どういう形で表現するかまでは決まってるけど外に出てないものが山積みになりすぎていよいよまずいな、と思って、もう考えてることは考えはじめた瞬間からまず書いておくと、無からアウトプットする、0→1の一番重いとこがクリアできるから良いぽいって、仕事で書き起こしを初めてやってみて感じたから、書いてみている。

 

時間がうまく使えるようになりたい、やりたいことをなるべくたくさんやるために、効率よくしたい。

 

 

人間機械未来系惑星直列水瓶座前陣速攻討論会を聴講してきたメモ #JILS

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現地参加に当選したので行ってきた。

自分は頭の回転も遅いし文章を書くのも遅くて、稚拙なまとめで恥ずかしいけれど、少しでもスピーディーにoutputを出しておくことに重きを置いて、ブログエントリをシュッと書くことにした。 自分用メモなので講演の全体感を掴む役には立たないと思いますけども、いち聴講者の視点をお知りになりたい方はこのままどうぞ。

全体的な感想

  • いろいろな示唆をいただいて、楽しい1日を過ごさせていただくことが出来た。無料でこれだけの知性に触れられたのは本当にとんでもないことで、集まられた登壇者のみなさまと主催・スポンサー企業様に大感謝という感じです。

  • しばらくVR界隈から離れている間に諸先生方のfocusしているテーマにも変化があり、ニコニコ学会で猫耳つけて喋っていたのを聞いて以来だった落合先生の講義も聞けたし、これまで触れて来なかった観点から刺激を受けることもできて、とても満足感があった

  • 石井先生が希望されていた「知的スピンをかけて意表をつく返しを」という点においては、聴衆として全く及ばず。聞いて理解するので精一杯だった😅自分が解いている問題とそれを取り巻く視点に意識的であること、その立ち位置に基いて相手にどんな刺激を与えれば意味あるコラボレーションになるのかを瞬時に判断して繰り出すには、まずその必要性に自覚的であることとそのための訓練が必要っす。壁打ち100回・素振り1000回すなあ。

考えたこと

会場ではインプットするので精一杯だったので、全体振り返って考えたことをざっと書いておく

  • Evernote上野さんの言っていた「身体性をなくす技術」と「一体感」「没入感」について、これはオンラインでの「祭」の話をしているんだと自分は解釈してて、例えば「バルス」ってツイートしているときに、発言者は「自分の人格を宿した言葉を発する」という意図って持ってなくて、「大量の「バルス」が場にもたらされる現象」を意図して加担するという感じだと思う。このあえて「人格をもたない」ことで楽しむこと・その危うい感じって、暦本先生のHuman Uber Surrogate Roleplayingで「自由意志を棄てるのが楽しい」ことともリンクするんじゃないのかの。

  • 「私」とは自分が直接制御できる部分の総和はすごく示唆に富むフレーズで、構造的・技術的な観点とは全く別の軸として、第3者から見て「その領域は自己ではなく他者でしょ」と言われるであろうところまで自己が拡張しちゃう話とも関連付けて考えられるのかなと思った。具体的には親が子の行動を制限するとか、「膜」の話とか(元ネタとなっている論は痴漢自身の当事者談ではなく他者による推測なので信ぴょう性はよくわからないけど、面白い視点だったのでよく覚えてる)。

  • 自分自身をネットの海に放つことについては学部時代から(@_anohitoを知ってから)ずっと考えてるけど、発言を記録し再生するbotや今書いてるブログのようにinputをoutputに変えた結果を記録しておくことが今すぐに出来る活動で、ここから歩を進めるには、UEI清水さんが踏み込もうとしてる「思考プロセス」の部分の観察と、それをモデル化してプログラムすること(でも稲見先生と上野さんが話してたけど記憶は他人ありきで成立してるかもしれなくてモデルにできんのかコレという感ある)が必要で。プログラムされた人格が、あるインプットから「本人らしい」アウトプットを出せるようになること、そしてさらに永続的に他者と「対話=情報をインプットされてアウトプットする」する機会が与えられること(Twitterがいつまでもあると思うなよ!という。w)、までいったら完成なのかな!と改めて思った。

  • UEI清水さんがサラッと言ってた人工知能は強化学習出来るって話きいて、「人工知能ここまで来ててヤバイ」っていうのが話されてるらしいニコ生アーカイブがあるって夫に聞いたんだけどまだ観てなかったのを思い出したので観ようと思ったらURLが見当たらない。

  • 及川さんが触れてたAutonomy & bot for Society の話は、ChatOpsで既に体感して日常の延長にある概念だし、なるほど開発業務外にもこれは拡げていけるし積極的に提言していきたいなとポジティブな気持ちになれてよかった

印象に残ったキーワードや概念のメモ

取り急ぎ本業(エンタメ/オンラインコミュニティ)と近い部分に限定して。書いてないとこだと、特に暦本先生と落合くんの話が面白かった。

  • 人類が道具を発明したのではなく、道具が人類を発明したのである*1

  • UBERのように時間限定で人間の体を自分の義体として使う研究

    • 顔にiPad貼っただけでその人と話してる感覚が充分持てる。存在感は結構簡単にtweakできるのでは。
    • surrogateするのが結構面白い。自由意志を棄てるのが意外と楽しいという発見。
  • シャノン界面とウィーナー界面による4象限の話

    • 情報と物理の界面:シャノン界面
    • 制御できるものと制御出来ないものの界面:ウィーナー界面
      • 直接制御できるものを上手く使い制御出来ないものを観察して目的を果たす=サイバネティクス。蒸気船ではなく帆船。
    • 人類(we)が制御できるものの界面 → 自分(I)が制御できる世界とそうでない世界、と視点を変えてみる
      • 「私」とは自分が直接制御できる部分の総和 by ダニエル・デネット
      • 「自分」とuncontrolableなものの界面=ATフィールド
    • ふたつの界面で4象限にわけてその間を考えると人間-機械系がうまく説明付きそう
      • 内蔵は自分の身体でuncontrollableだけど情動はcontrollable(第3象限)
      • ヴァーチャル世界での自分のアバター(第2象限)
      • SNS上で自分が制御出来ない社会の部分(第1象限)
  • "生きている情報"と"死んでいる情報"の明確な差

    • たくさんの著作や作品を遺し、秘書2人によって運営される梅棹忠夫執務室の話を受けての山中俊治先生のコメント
    • 人に会いに行くのが本を読むより意味あることがある。相手に自分が抱えてる問題を話すと、著作を全て読まなくても、「あなたが必要としているのはここだけですよね」と教えてくれる。それは生きてる情報と生きてない情報の大きなな差だと思う。でもコンピュータで実現できないわけじゃない、情報の取得の仕方の違いにすぎない。境界線がきちんとデザインされることが、境界線を丁寧にデザインすることが境目をいきいきとさせるのではないかと思う
  • Augmented Intelligence

    • 人の記憶を助ける
    • 情報蓄積(記録)は記憶になり得るのか?アイデンティティはどこにどう関わるのか?
  • 身体性を拡張する技術がある一方でを身体性を失う情報技術がある

    • 後者はネット上のコミュニケーションにおいて「一体感」「没入感」を生む
  • 記憶(情報)が死ぬと身体は死ぬのか?

    • ガン宣告されて死んじゃった人が切ってみたらガンじゃなかった
  • 20世紀は情報の時代、21世紀は思考・クリエイティビティの時代

    • 浮かんでは消えるアイディアを書く。書いたものを見て脳にフィードバックする。新しい発見を得る。思考プロセスを人に説明することでこのプロセス全体に関心の対象が拡がる。人に見せて確認。プロセスを共有。その結果として生まれるのが情報。これだけをありがたがっていたのが20世紀
      • 21世紀は関心が思考プロセス全体に及ぶはず
    • 情報は扱いやすかった。情報しかコンピュータからは見えなかった
      • しかし人間がキーボードを叩くとき、思考のプロセスはすでに終わっている
    • 思考プロセスは「手描き」に宿る
      • アイディアの醸成段階である”手描き’により踏み込むことで思考プロセスの支援がしたい→enchantMoon
  • 認知は入力xに対してyという記号化をするんだとすると、そのもっと前の段階に注目するべき

動画アーカイブ

参加者向けメールでは「今回申し込んだ方限定でのライブストリーミング」と書いてあってリンクも限定公開になっているんだけど、石井先生が「どなたでも!」と仰って公開されていたので、貼ってみる。 ダメだったら教えてください >CodeIQご担当者さま。


Japan Innovation Leaders Summit

*1:このあと続くARの話のマクラとしても適していたし、自分自身がインターネットと各種アプリケーションによって拡張された・現在も拡張されている自覚があるので、好きな言葉に加わった